創作キルト工芸・和古布保存研究

 

ある日、見るともなく見ていたテレビの中に、深い藍色の海が広がっていた。

日本の古い布を細く細く裁ち、その一片の布を数百も繋いでできた大きな絵だった。

小さな小さな一片の布が幾百と集まって大きな景色を生きいきと描いている。

思わず郷愁を誘われる風景。それをつくり出す古びた布の色はまさに、春の小川の色、夏の蛍の色、秋の実りの色、冬の雪の色なのだ。

画面の向こうから、何か訴えかけるような作品の力が迫ってきて、背中をざわつかせる。

「日本人が大切にしてきたもの、それが古い和の布にはたくさん詰っている。それを誰もが受け入れられる形にしてもう一度その時を留め置きたい。その素晴らしさを伝えたい」そうテレビで語っていた女性が徳嵩よし江さんだった。

 

「木と布・工房のどか」は、四賀村(現松本市)にある。

木工作家であるご主人・治さんの作品と、よし江さんの作品が展示されている建物は蔵づくり。取り囲む敷地の庭は治さんの手によるもので、古い石が敷かれ、野や山の草が四季折々に花を咲かせる。

 

工房のどか

 

時と共に失われようとしていた古い布たちはここで、徳嵩さんの手によって今に命を繋いでいる。

布たちのこれ以上の劣化をできる限り遅らせるために建てられた蔵の中の照明は薄暗く、しんと止まった空間が、よりいっそう布たちの表情を際だたせている。

作品に向かい合い佇んでいると、数百、数万の、かつて誰かの体を包んでいた布たちが語りかけてくるようだ。

 

工房のどか

 

そして、その作品は懐かしくて、やさしくて、楽しくて、けれどどこかもの悲しい。

 

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徳嵩よし江さん

 

蔵の中には、治さんの作った椅子が置かれている。やさしい丸みのあるどっしりとした椅子が、ちょっと緊張した気持ちを和らげてくれる。

徳嵩さんの話題は布にとどまらず教育現場、そして政治まで飛び出して尽きることが無い。一片の布をとおして遠く戦前からの時代を見つめてきた徳嵩さんは、未来をも見通す。

「今ね、針を持てない子供たちがほとんどなの。ほんとよ。学校の問題だけじゃないの、家庭でも機会がないのよ。これは大変なことなの」

おじいさん、おばあさんの時代、大切に大切に繰り回されてきた布。さまざまなものが大量に生産され消費され捨てられていく今の日本。変わり行く日本人の心と価値基準に、徳嵩さんはずっと危機感を持ち続けている。

そして自ら針を持ち、その「日本人のしごと」を若い世代に、そして子供達に伝え、繋げようと奔走する。

 

工房のどか

「しまい袋」

徳嵩さんは、海外にもその活動を広げている。日・豪・ニュージーランド協会がニュージーランドに能の面(おもて)を寄贈した折にも使われた「しまい袋」。

表地は女ものの帯で、兜の柄が織り込まれた手の込んだ物。裏地はふんわりとすべらかな極上の手触りの絹だ。紐を結ぶと兜の柄が出るように仕立てられている。

「主(あるじ)が戦場に行くとき、見送る妻が締めたのじゃないかしら。戦場へ供することはできないけれど、一緒に戦います、そんな想いで」柄をなでながら徳嵩さんは言う。

 

 

工房のどか

 

 

工房のどか

 

 

工房のどか

 

徳嵩さんはほんの小さな切れ端も捨てずに、美しい形のビンに詰めて飾る。

「良いものはどう飾っても美しいでしょ」

今私達が忘れ去ろうとしている心が、ここに詰っている。

 

「信州の布」布刻みビン

『信州の布・これまでとこれからと』より「布刻みビン」

 

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工房のどか 出版物

 

徳嵩さんはご自身の作品を集めた3冊の写真集の他に、「信州の布 これまでとこれからと」(信濃毎日新聞社)という本も執筆されている。

長い年月をかけ、ご自身が蒐集・保存してこられた戦前からの着物や生地の写真は、その質感や細かなほつれや泥の滲みまでも映し出され、写真の横には短い言葉が添えられている。

きれいごとでない、けれどやさしいその一文を読むと、その布たちがかつて人にまとわれていた時の情景が浮かぶ。

『ファッションということばからは 程遠い 粗末な木綿の衣服から にじみ出るのは 貧しさとか因習の重さ かもしれないね。

でも その向こうには 感謝とか 祈るという 今 忘れかけているものが みえるよね。』

北信で採録された、戦前の職人用の前掛けの写真に添えられた言葉だ。

 

そしてこれは、南信で採録された女児のための「百軒衣装」。

「信州の布」百軒衣装

『信州の布・これまでとこれからと』「百軒衣装」(大正時代)

じっとこの着物を見つめていると、病弱な幼子の成長を願って一軒一軒、必死に布切れを集めて回る母親の姿が重なって見えるようで、なんだかんだ言っても、子供がちょっとの熱を出しただけでも看てくれるお医者さんがいる今の世は有難いのだ…としみじみと思うのだ。

 

この本の後半は、誰でも簡単に作れるカード入れからドレスのリメイクまで、ありとあらゆる「お繰りまわし」のアイディアが丁寧な図解や型紙付きで紹介されている。針も糸も使わずボンドとアイロンで仕立てる「カード入れ」は、ちょっとしたプレゼントにも最適だ。

 

 カード入れ

名刺入れ、ポストカード入れ、祝儀袋と応用が自在で作り方も簡単な「カード入れ」

 

 

 

工房のどか

この日、本に掲載されていたリメイクのフォーマル着が展示されていた。

黒地に白梅、墨流しの雲の柄がモダンな「コート下」は、礼装用きものと長襦袢を繰りまわしたリバーシブル。

 

 

 

工房のどか

甕袋

「思い出袋」として『信州の布』で紹介されている。思い出袋は、盃、野球ボールのような小さなものからワインや一升瓶など、基本からさまざまなものに応用できる。甕の置かれたサイドテーブルはもちろん、治さんの作品。

 

 

工房のどか

蔵の二階の踊り場の壁にかけられた象形文字の作品

 

 

代が変われば思い出されることも、振り向かれることもなく、ひっそりと箪笥の奥や押入れの行李の中で眠り続けていた布たち。

長い年月をそんな布と共に過ごし、その声に耳を傾け続けてきたよし江さんの語る言葉は、ひとつひとつ心に染み入る。

 

『ひたすら

祈るしかなかった

あの頃……。

汗も涙も吸い取って

洗われて

陽にさらされて

それでも

もめんの唄は

おおらかでしたね。

のびやかでしたね。』

 

信州賛歌  

『徳嵩よし江作品集・ひとときの風のなかで2』 より「信州賛歌」

 

 

木と布・工房のどか http://yoshie-nodoka.at.webry.info/

 

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