漆工房「石本玉水」木曽漆器・松明塗


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漆工房「石本玉水」は漆器職人が住む町、長野県塩尻市木曽平沢(かつての平沢宿)を流れる奈良井川のほとりにあります。
工房を営むのは、「玉水」の看板を先代から継いだ石本玉水(則男)さんと、同じく漆職人で玉水さんの伴侶の石本愛子さん。
共に伝統工芸士の資格を持つお二人は、食器からオブジェ、壁面内装まで依頼に応じてさまざまな仕事をこなし、漆の新しい可能性を常に求めて、独創的な創作活動も続けられています。

粗相の美「松明(しんみょう)塗」~木曽義仲をイメージした堅牢・素朴な塗り

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── 毎日手に取り、日に何度も口にふれる食器。それは、ひとに優しいものがいい。

「松明(しんみょう)塗」はそんな石本さんご夫妻の願いからつくられた、木、樹液(うるし)、色付けに使う土といった天然の材料で作られた「日常の漆器」たちです。

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松明塗は、毎日の暮らしになじむ素朴でシンプルなデザイン。
刷毛あとをあえて木地に残して堅牢な漆の被膜をつくる、石本玉水独自の塗りです。
店舗の壁にさりげなく掲げられた看板の『堅牢素朴なジーパン感覚の漆器』という説明は、工房を営む石本さんご夫婦の「漆器をもっと気軽に手にとれるものに、そして日びの暮らしを共に」という願いの表れです。

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工房に並べられた食器たちはどれもみな、盛られた料理をイメージできるものばかり。
汁椀、飯椀、小皿、そしてスパゲティ皿までさまざまな用途の漆器が揃っています。
椀をひとつ手に取ってみると、それは木の重さを感じさせず、軽くふんわりと手になじみます。

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木地師の手が作り出したひとつひとつ顔が違う器。
受け継がれてきたこの場所に、受け継がれてきた形と色を纏った素朴な漆器の椀が並べられている様は時が止まったかのようで、気持ちがホッとします。

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赤漆と黒漆を重ね、刷毛の流れ跡を残した普段使いの丸盆。川辺の葦に蛍が飛ぶ様子が勢いのある筆跡で描かれています。

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ちょうどよいサイズの小皿たち。
光沢を残したもの、艶を消したものなど塗りの表現はさまざま。同じデザインでも、刷毛のかすれ具合、色の出具合が異なり、ひとつひとつ個性があります。
また、漆器には値札がつけられているため、持ち帰りたい1点をじっくりと選び、気になった器を手に取って確かめることもできます。

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壁にかけられた松明塗のちりとり。大・小ふたつのサイズがあり、これは大きなもの。

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漆を塗ることで木に防水性を持たせた、贅沢な松明塗のじょうろ。室内園芸に良さそうです。
芸術性が高いシンプルな形は、オブジェとして置くだけでも絵になります。野花を投げ込み、花器として使うのも素敵ですね。

漆器の乾燥室の名は「風呂(むろ)」。水を得て硬化する天然の塗料、 "Japanese lacquerwares"=漆。

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工房内の作業部屋には、乾燥を待つ漆器たちがそこかしこに置かれています。

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立体的に挽かれた木地の上に、刷毛をはこぶ手の勢いを生かして黒と赤のカスレを見せて塗られたスパゲティ皿。
天然の木の肌合いに天然の土の色と天然の樹液を纏わせた、ひとつひとつ顔が違う「粗相の美」です。
木地の凹凸を活かした塗りに温かみを、木曽のサビ土の赤と黒漆のコントラストに風雅を感じる作品です。

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「風呂(むろ)」と呼ばれる乾燥室へ漆器をはこぶ玉水さん。奥の壁に、濡らした手ぬぐいが下がっているのが見えます。
漆は水を得て固まり、堅牢な塗膜をつくります。その塗りは「薄すぎても、厚すぎても硬化に影響が出るのです」と石本さん。

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時代が変われば人も変わり、暮らし向きが変われば、食器も変わります。
「漆器っていうとね、いただいてしまいこんだりしてしまうでしょ。でもね、私達は昔から漆器でご飯を食べてきました。それは刷毛あとの残る本当に素朴なものだけれど、とても丈夫につくってあったの。毎日使う食器はたとえばジーパンみたいなもの。わたしたちもふだんは、バタバタしていると洗い物なんかばばばーっとやってがっさがさでしょ。そんなふうに使っても気がねのない漆器を、私たちは作りたかった」
と、愛子さん。

「ジーパンのようにジャブジャブ洗える普段使いの漆器」と言う漆器が持つイメージを逆転させた発想の実現は、何代もの間に培われてきた技と経験に裏打ちされた、必要の美が作り出した「しまいこまない」漆器たちなのです。

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普通に使い、普通に洗い、そのまま乾かす。普段使いの"現代の漆器"

石本さんの工房を訪ねるたびに、私は椀を一つ求めて帰ります。初めての訪問から一年が経った今、椀はふたつになりました。

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ふうわりと軽いお椀を手に持ち、薄く挽かれた縁を見るたび、挽いた木地師の技にも感じ入ります。漆が塗られた薄い縁は汁が飲みやすく、口当たりもよいため、お行儀の悪い私でも、スマートに心地よく食事ができています。
そして、この椀を使いだして一番嬉しかったことは、お膳に運んだ味噌汁が真冬でも熱く、ご飯も温かいこと。
築60年の単に古いだけのわが家は冬が来ると室内も零下となるので、これは大変ありがたい事なのです。

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また、木曽漆器だけでなく漆器全般に言えることですが、保温性の良さだけでなく断熱性も高く、薄い木地が使われたお椀に熱い汁を盛っても、椀に添える手はほんのり温かい程度です。

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そして食べ終えたら、お椀は陶器の食器と一緒に食器用のスポンジで洗われ、洗いかごに伏せられます。ずぼらな我が家ではたいていそのまま放っておかれ、再度汁やごはんを盛られるか、もしくは食器棚に運ばれて重ねられます。そして、これが毎日繰り返されています。
漆に傷がついたら修理も可能だそうですが、それを理由に工房を訪ねるきっかけはまだ、ありません。

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食器棚に重ねられた木曽漆器のお椀は私の日常に溶け込み、「漆器」を意識することなく取り出し、毎日使っています。
人の手で木を挽き、整えた木地を、日本の漆と言う天然の堅牢な被膜で守ったこの世にただひとつの椀。
素朴だけれど美しいこの椀には伝統の重みと手技、そして時代に合わせて変化していくことへの挑戦精神が籠められているように思います。
その漆器のお椀で食事ができるありがたさと贅沢を、私は毎日ごはんと一緒に噛みしめているのです。

続く:和魂洋彩~「伏漆彩沈金(ふししっさいちんきん)」


木曽漆器(ウィキペディア)

うるし工房・石本玉水(道の駅・木曽ならかわ)

人×漆 対談/石本玉水(道の駅・木曽ならかわ)

漆工町 木曽平沢(木曽平沢町並み保存会)


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