〜お知らせ〜

建築資料研究社・刊/龍居庭園研究所・編 「庭 171号」にNo4「悲しいケヤキ」、No11「悲しいケヤキその後」が掲載されました。
このエッセイを書く上でご協力、ご尽力いただいた方々に、この場をお借りしてお礼を申し上げます。ありがとうございました。
木は私たち人間のように、置かれた環境を自分で変えることはできません。
環境に木を合わせるのではなく、私たちの考え方を変えて、もう一度「木」という物言わぬ生き物に向き合えないものか…と考えています。

造園業のよもやま話
その11 業種を超えた「人」と「人」との繋がりを
   〜「街路樹エッセイ 悲しいケヤキ」その後〜 。。。 2006.7.12


 私が街路樹、という存在をはっきりと意識するようになったのは、「緑陰道路プロジェクト」という新聞記事のファックスがきっかけでした。
 正直に白状してしまうとそれまでの私は、暑い夏に街路樹の木陰を選んで歩道を歩く時にありがた味を感じることはあっても、その存在をさほど意識するこはありませんでした。社会に出てからも、2年ほどしか在籍しなかった造園会社での事務の仕事を通して「仕事の糧」としての街路樹という意識が加わっただけで、 やはりそれは私にとって、取り立てて目を向けるほど興味のある存在ではありませんでした。
 造園業界を離れてからは尚のこと、剪定工事の風景に目を留めることがあっても、その頃世間で巻き起こりつつあった「街路樹論争」なるものも知りませんでしたし、強選定された街路樹を見ても「仕方がなかったのだろう」程度にしか感じていませんでした。

 そのファックスは、大阪で建築士として街づくりに係わっていた叔父が、昔私が造園会社にいたことを思い出して送ってくれたものでした。その内容は、『全国から公募された「モデル地区」で街路樹を剪定しないことについて地域の方々のご理解いただき、(略)、市民の協力をいただきながら、街路樹を剪定しない緑陰道路を管理する(国土交通省のHPより) 』という目的の プロジェクトを紹介するものでした。これを読んだ時、私は 叔父に「本末転倒だよ」と言ったような気がします。
 道路上に植えられた木に対して「剪定せずに」する「管理」というイメージがどうしても頭の中に浮かんできませんでしたし、なぜこんな計画が立ち上がり実行されつつあるのか不思議でした。…そして初めて、あたりまえにただそこにあった「街路樹」に対して世間の意識が高まってきたことと、また枝をもぎ取られたような、ノコの跡も痛々しい街路樹が日本中に存在していることを知りました。
  そして、世論の槍玉に上がっているのは「切った業者」と「行政」であるらしいことも。…なるほど、それで…と思いました。
 そして新聞記事を読んだ時の気持ちの勢いのまま書いたエッセイが「悲しいケヤキ」でした。タイミング良く、実際に痛々しい剪定を施されたケヤキの並木についてある職人さんが私に話してくれた言葉をそのままお借りして、私のサイトの主な閲覧者である、私と同じ「一家庭の一主婦」に読んでもらうために書いたものでした。

 このエッセイを書いてから二年近く経った今、現況がさほど変わっているようには思えません。日本各地からは、相変わらずもぎ取られたようなノコの跡も痛々しい街路樹の写真が届けられます。
 私がよく通る県道沿いも、太い幹の真ん中で切られた枯れたナナカマドが立ち尽くし、さらににその木さえどこかへ消えているのに鳥居支柱 だけが放置されたまま。木の何倍も太い一本支柱も倒れかかって無惨なさまです。長い支柱と一緒に 大きく傾くナナカマドに、思わず手をかけ起こしたくても、どうしてよいのかわからず呆然としてしまいます。
 この通りに植えられた哀れな木に対して私ができたことは、これから始まる補修工事が同じことの繰り返しにならないよう、市を通して管理者である県にお願いのメールを送っていただいたことだけでした。

 「緑陰道路プロジェクト」のモデル地区を見ても、殆どが国道で、しかももともと美しい街路樹並木であるところばかりがピックアップされているようですし、本当に現実を踏まえた計画だったのかと今でも疑問に思っています。


 公共工事の現場からはすっかり離れてしまった私ですが、最近久しぶりに昔お世話になった社長さん方とお話する機会がありました。会社の規模や業務内容はそれぞれで、今も現場で公共工事や剪定、設計業務に係わる方々です。
 エッセイでは街路樹の地上部ばかりに目を向けていた私ですが、前々から不思議に思っていたことがありました。歩道の中のあの小さい植え枡の下はどうなっているのだろう?インターロッキングやコンクリート、アスファルトの下は固く転圧された砕石であるはずで、更に言えばコンクリートが厚く打たれている場合もあるはずで…と。
 どう考えても「あの土の量で、高木がよく生きていられるものだ」としか思えない「地下の図」を自分の頭の中に描くことしかできず、更に植え枡の下に排水の処理はしてあるのだろうか、まさか四方八方コンクリートで固められていることはないだろう… 私の描く地下のイメージは木にとってはあまりにも悲惨な環境で、深く考えることすら憚られていたのでした。

 今回のお話で、果たしてそのとおりの事がなくもない、という現実を知り言葉を失う私を救ってくれたのは、とある病院でのアメリカフウの植栽工事の話でした。
 車は乗り入れない歩道に設けられた植栽枡にアメリカフウを植えるプランで、病院内の敷地なので既存の道路上よりも設計条件は良かったのでしょうが、従来の硬く締められた砕石の地盤に疑問を感じていらした設計士さんが、植栽枡の周辺に敷き込まれる転圧前の砕石にピートモスを加えて攪拌し、それから転圧をかけ植栽枡の外の地盤にまでしっかりと根を張らせようという粋な工事でした。
その後の管理によっても状況は変わるでしょうから、長い目でみなければ「結果」はわからないでしょうけれど、この設計士さんの想いに私は大変共感を覚えました。
 また、いわゆる「地上支柱」は使わず、根付くまでの木の固定には地下に埋め込まれた角材にバンドで根鉢を固定する「地下支柱」方式を取り入れ、埋め込まれた角材は木の根が活着する頃には朽ちて撤去の必要もないとのこと。
 私には専門的な判断はつきかねますが、「木は葉をつけた部分が風に煽られて動くことで発根を促進させる(根鉢は動いてはならない)」という話を聞いたこともあり、 なるほど、それならば確かに理に適っている…と思いました。

 またありえないような強剪定?については、電線に係わるクレームや、ムクドリやカラスなどの問題も絡まり、確かに枝葉を切ってしまえばとりあえずの被害は防げるものの、その後の余りに酷い街路樹の姿を整えに造園業者が切りなおしに行く、という話も聞きました。

 なぜ、実際に行われている木の「命」を考えた工事例や現場の切実な言葉が、街路樹の管理計画(プロジェクト)に活かせないのでしょうか。

 昨今の合併劇で明らかになってゆく「日本」という「会社」の縮図を、街路樹の姿に見るような気がしてなりません。木の命を活かし、美しい環境を創るにはお金もかかる。切り詰められてゆく地方の営業所(自治体)。そんな財政状況で、どうやってよい「仕事」をしてゆくのか…。
 「財政的な問題」に絡む「弱い立場」は街路樹の現場だけでなく行政にも当てはまるのでしょう。
 お客様からのクレームに対しては内容に係わらず敏感に反応し、そのクレームや管理計画が間違っていると思っても言えず、国に頼らず自立したくとも道は険しく…。


 そんな今、街路樹の将来を考える会議の円卓に、民間や、市や県や国と言った「枠」を超えて「知恵を持つひと」の参加を期待するのは難しい事なのでしょうか。
 木を知る人だけでなく道路を作る人の知恵も必要かもしれません。現場を知る人はもちろん、もしかしたら山を知る人も。電力会社の方にも参加して貰う必要はないでしょうか。
 鳥の生態を知る人、そして街路樹の身近に生活する住民も…そんな人たちが集まって「知恵を絞る」場を持つことは不可能で、贅沢なことなのでしょうか。
 そしてもしもそれが叶うのなら、閉ざされた部屋の中に置かれた円卓の周りに集うのではなく、問題となっている街路樹の周りに知恵を出し合う人々が立って初めて、現実的な打開策が打ち出せるのではないでしょうか。

 どの業界にも必ず、経験を積み素晴らしい知恵を持った人々がいるということを、私は実感してきました。
 一部の人たちだけが僅かな時間で議論して短絡的に結論を導き出すようなことのないように、様々な立場を超えて様々な人たちが知恵を出し合い、その結果総ての人が「道路上の物」でなく「生きている木」として街路樹を見ることができるようになることが望まれます。

 子どもと共に街を歩く母としては、子どもたちの感性に触れる身近な「大きな生き物」である街路樹の姿が、常に生き生きと美しくあることを願っています。そのために私にもできることを、これからも探し続けようと思っています。

 現場で街路樹に係わる社長さんのお話が胸に応えました。
 「人間の都合で無理な場所に植えられた木が可哀想だ。そんな木がそれでも生きてゆけるように、管理するのが俺たちの仕事だ。町の中の公園も同じことだ。剪定をするな、と言うのなら植える場所から、いや街造りから考えなくてはな」


立派な支柱に括り付けられたまま枯れたナナカマド。
指ほどしかない、幹の細さが痛々しい

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