第7章 梅ちゃんのこと

 
(前章 ふたたび三絃稲荷のこと

 私が幼稚園に通園していたとき、梅子ちゃんという女の子と仲よしになった。当時流行の

漫画『のらくろ』の作家田川水泡の『蛸たこの八ちゃん』が家にあったので、これを画用紙に

写して紙芝居を作った。園に持っていったら梅ちゃんが大変喜んで、欲しがったから別のを

書いてあげると約束した。こうして、梅ちゃんの家へも遊びに行くようになったのだ。

 裏町通り西側にあったわが家の入り口は縦桟たてさんの細かいガラス二枚戸で、そこを入っ

た二坪の土間は十畳の座敷を左側に見て、開き戸ですぐ勝手の土間へ続く。赤犬のムクが

その土間で尻尾を振っていたのを思い出す。四つの部屋が西へ続く、やけに奥の深い家だっ

た。玄関十畳の間の東はすぐ道路、腰のついたガラス障子が四枚道に面して、雨戸がつい

ている。いわば、典型的なしもたやで、中二階があり、そこは物置になっていた。

 はじめて梅ちゃんの家へ行ったとき、へえっと思ったのは一階の白壁に大きく切った丸窓。

連子格子の縦桟横さんがきれいに組んであって、ガラスがピカピカしていた。

 玄関の格子戸を開けると立派な下駄箱、大きな花籠の生け花が美しかった。なぜか男の

下駄がない。土間はわが家のより狭かったが寄付よりつきの襖を引くとそこが茶の間のようで、

梅ちゃんのお母さんらしき人がにこにこ笑いかけてくれた。

「ぼくちんは絵が上手なんだね。おばさん、感心したよ」ってなことをいわれたような気がする。

梅ちゃんの家は、恵光院の南道の、寺と向き合った所にあった。似たような構えのこぎれい

な家が並んでいた。あとで、それが置屋というものだと判ったが。

 何度目かに遊びに行ったら、梅ちゃんが赤い派手な柄の着物を着て出かけるところだった。

「どこいくん?」と聞いたら「お稽古、ちょっと待っててね」というからいつもの茶の間へ上って

待っていた。隣の部屋から、けらけら笑う賑やかな女のひとの声がする。そっと襖を開けて隙

間から覗くとおばさんだかお姐さんだか、三人とも鏡台に向かって肌脱ぎになり、首から肩まで

まっ白に何か塗っているのだ。びっくりして襖を閉めた途端、

「あの子、梅子の友達だろう。ませてるね」と知らないおばさんの声。わけもなく恥ずかしくなっ

て、梅ちゃんの帰りも待たず外へ飛び出した。恵光院の庭で一人遊びをしていたが、つまらな

くなって家に帰った。

 梅ちゃんが卒園のときまでいたかどうか、その記憶はない。旭町小学校でも顔を見なかったか

ら、母親と一緒にどこかよその町の置屋へ住み替えたか、それとも新しい父親が出来たのか。

今では、そんな想像も思い浮かぶのだが。

 私の母親には梅ちゃんのことは黙っていたから、遊びに行くなと叱られた記憶もない。とにかく、

かわいい子だった。

(次章 うらまち今昔)




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